バトルバディ・ア・ラ・カルト
 


     




監視カメラにほぼ映らぬままだった、何とも掴みどころのない相手が、
夜な夜な散々荒らした資料棟に置いてった要求書によれば、
運用下手な無能な内閣府へ無駄遣いをさせるくらいなら、我らに資金を寄越せというような内容のもので。
大臣の首を挿げ替えてやってもいいのだぞ、慰霊祭のさなかに。
ここへ音もなく運んだように。我らの手際はご存知だろう、と。
やはり連日の忍び込みはデモンストレーションだったと暗に匂わせる内容で。

 相手の要求は大臣に見合うとする金額だという 多額の“身代金”を
 本日のレートで換算しただけの金塊

それを指定されたところへ持って来いという。
ところで、武装探偵社が代理で実行の部分を請け負うのは、
本来なら彼らが対処するのだろ軍警の、まま関係筋でなくもなくもないからだが、
ポートマフィアへと 一枚噛むよう要請があったのは、
用意する金塊の出所を曖昧にすることへの協力、だそうで。
成程、引き渡しが済んでしまったあとあと、脅迫犯を捕らえられなかった場合、
そんな取り引きに応じ、金塊なんぞ用意したと知れ渡れば
かなりのスキャンダルになるのは必至。
それ以前の問題として、
そんな運用なんて公表されてないのに
何のためにそんな金塊なんて用意したのかと腹を探るような輩も出かねない。
そこへの対処に一肌脱いでほしいという要請であり。
そして、それへの見返りは、

『なに、ちょっとした司法取引だよ。』

重大な罪状を、このような交易への貢献で減免してもらうこと、だそうで。
何のどういう罪科へのそれになのかは、
さすがに森氏も曖昧に笑っただけで口を割りはしなかったが、

『頑張って来るんだよ。
 なに、相手へ渡らねば後ろ暗いところはなくなるのだ、
 厚生年金辺りの担保に買ったとか言い抜けられようから。』

そして、そうと運べば運んだで、
うちの子たちも頑張りましたからねという格好で恩を着せられるという算段なのだろう。
他のハイエナたちとは違う。
息の長いお付き合いをと、品よく強かに微笑う、
底の知れない人だと改めて感じたとは敦の言。
勿論のこと、案件を持ち帰った武装探偵社側からも
全力を振るって事態収拾にあたるとのGOサインが出、
再び “実行班”として現場へ赴く二人へ ありったけのフォローが付けられて。


金塊を受け渡す場所は湾岸の外れも外れ、
一旦開発されたところが自然の要衝へ帰りかけているよな場末の、
やはり古びた廃工場の奥向きときて。
お決まりの設定は夜陰に紛れての交渉で。
だが、こちらへ現れたのは意外にも時間を止める異能者のほうであるらしく。

「間違いないのか?」

耳朶へと装着したインカムへ、信じられないという想いから中原が訊けば、

【ああ。隠しようのない感圧板への反応があったと、乱歩さんから連絡があった。】

踏めばその重みや圧を察知し、
その信号を管制本部へ回線を通じて送るという特殊シートを貼った床用建材。
姿を消せる“インビジブル”くんの方だったなら、こんなもの予測していようから、
いっそ入り口からの通廊全体を派手に破壊して通過して、
帰りは使えないようにしただろうねと、太宰の声は淡としたもので。

【廃屋内全部へ設置するのはさすがに時間と手間が間に合わなかったのが惜しまれるよ。】

先程述べたように、
どうせあっさり看破されて無きものにされようとの予測を立てていたのがしっかり裏目に出た。
逃げる段では断然有利な“タイムジャンパー”くんの方なら、
多少は痕跡が残っても大した不備じゃあない、
肌身へ迫るほどの追随は出来まいと高を括っているのだろうて。

「だが、体力が尽きたら一巻の終わりだろうに。」
【そうと読んだこちらの裏をかいたつもりなのだろうね。】

となると、視えなくなる透明人間、インビジブルくんのための仕掛けは用を無さぬ。
用意した金塊を攫った、イマドキの若いのの見本みたいにパーカーのフードをかぶった存在は、
姿こそ消えはするが其処に居はする…のではなく、本当に手の届かぬところへ一瞬で遠のく影であり。
自分たちとは異なる時空を数珠つなぎし、小刻みにジャンプを繰り返して、
こちらからは“あっという間”に遠のいてしまうタイムジャンパー。

 なので、

【こちらの先読み計算と、
 向こうが体力が尽きる前に脱出できるかとの競争だね。】

インカムから聞こえる太宰の声には、だが、逼迫の気配はなく。

【中也、始めるぞ。】
「おう。」

いつものいでたち、黒に引き締まった見栄えそのまま、
実際もすんなり柔軟に締まった脚を、
ぐんと膝を折り、深々と屈伸をし、
指示を待って片側の踵を立てれば、

【二時の方向、5m先、高さは私の頭だ。】

送られた指示への返答の暇間も惜しいと
無言のまま地を蹴って飛び出した身が一閃の弾丸と化す。
壁を目がけたようにも見えた跳躍は、だが、
その到達点へ滲み出す影への打撃の襲来に期すよう、
間合いも角度も計算されており。

「…っ!」

錆びかけのスチールユニットの上へ現れたそのまま、
余程に想定外だったか、
亡霊でも見たかのように目を剥いた若者の表情の詳細まで見えたが、
すんでのところで掻き消えてしまい。
今は何もない湿ったコンクリの壁にこぶし大の穴が穿たれる。

「チッ、惜しかった。」
【次行くぞ。11時の方向、6m先、高さはキミの肩。】

ユニットの傍らへ飛び降り、
今度は立ったままで軽く膝を緩め、勢いよく駆け出して
中途から身をぐりんとターンさせつつ、ぐんと片脚をぶん回せば、

「く…っ。」

やはり中空から染み出した存在が、
慌てて身をよじって蹴撃を躱すところと鉢合わせる見事さよ。

【重い荷物を下げてるのにねぇ。】

インゴットを詰めてあったバッグ。
その周縁に敷かれてあった感圧材に記されたわずかな遺留痕跡を拾い、
次点個所のと素早くつないでそのベクトルから次の発現地点を予測する。
立体チェスのようなもので、
太宰から座標を指示され、
ただそこへ跳ぶという速さにだけ集中した中也が
鋭い攻勢をひたすら仕掛ける。
警戒されぬよう、やや離れた路上へ止めたボックスカー内の中継設備から、
こちらへ回線をつないで乱歩も移動域の計算に加勢し、
かなり的確な指定がこなせているが。
そちらもやはり乱歩に頑張ってもらい、
現場の構造や見栄えを作為的にいじって行動域を絞り込めるようにし、
前もっての予測を張りやすくしてもあるが。

「ちっ!」

そんなこんなという仕掛けを講じてあっても
効果的に追い詰める“実弾”担当の手際がついてかないと取り逃がすこと請け合い。
実戦経験も厚く、勘もいい中也が、埃臭い空間のわずかな気配を嗅ぎ取っては、

「待て!」

疾風のように弾丸のように、予測域へと力強く跳躍し、
加重圧の異能を乗せた拳や蹴撃を繰り出すが。
さすがに素早く逃れることが重要なのは相手もようようご存知か。
なかなかに脚が速く、躱す術にも長けている青年で、
微妙に掠めはしても効果域の中へ完全に捉えるのが難しい。
今も、相手のフードを後方へ弾き飛ばしかかるほどまでの至近へ、
かかとを天へ蹴上げる、斬るような蹴りの一閃が迫ったものの、
怯みつつも必死で逃げを打った相手の、恐怖に引きつる顔が拝めただけに終わったのへ、
こちらはこちらで何とも悔しいと歯噛みする。
しかも、紙一重という鬼ごっこは、勢い余って空間内の設備を破損させもするので、

 “煙幕を作ってやってるよなもんだな。”

指示を受けてからの跳躍ではどうしたって後れを取るし、
相手は たといまんまと逃れた先へ到達されても、そこから更に逃げる術を持っているのだ。
一歩間違えれば殺されそうな鋭い蹴撃を躱しつつという、
おっかないにもほどがあろう現状だが、
気概さえ何とか保てておれば、体力が尽きる前に逃げ切れる可能性もなくはない。
そんな後出しじゃんけんのような不毛な勝負が続いていたが、

 「……っ!」

不意も不意、突然 腐りかけの天井板を突き破り、頭上から降って来たものがあって。
中也の手刀の薙ぎ払いから身を躱したその人物がハッとし尻餅をつきかかる。
そんなところへ畳みかけたのが、

「卑怯でごめんよ。」

何せなりふり構ってられないのでねと、
結構な高みからの飛来だったのに、そのまますっくと立った姿勢も凛々しく、
長い腕の先に構えた自動拳銃を容赦なく撃つ太宰の姿がそこにはあって。
相手の異能を知っておれば、まずは無駄だと使わぬ物理攻撃の畳みかけ。
それを敢えて、しかも至近で浴びせたため、
それは驚いたのが ギクリという震えでようよう拾え。
一方で、

「くぁ〜…っ。」

発信側が予期せぬ間近に現れたせいで、
耳へ装着していたインカムがハウリングを起こしたか、
中也がゲッと眉をしかめて耳を手のひらで押さえるが、それよりもと標的を見据える。
たたらを踏みつつも何とか持ちこたえ、
だがんと鳴り響いた銃声へ一瞬怯んで動きが止まった相手が、
それでも飛びすさって宙へ姿を掻き消す。
消えようとしかかったその間合いを睨みつけていた中也の眼には、
まぎれもない痕跡が拾えて。
これもインビジブル対策で撒いてあった薄い粘土質の床に足跡が斜めについたので、

「4時の方向へ飛んだぞ。」
「判った。…あのスチールユニットの前だ、中也。」

打てば響くという素早い計算の下、指示通りのそこへと現れた身を、

「観念しろやっ!」
「…っ!」

今度こそと待ち構えていた重力場付きの蹴りで捕らえ、
脛で薙ぎ払って壁へまでふっ飛ばすコースへ乗せつつも、
すんでで相手のパーカーの裾を掴むのを忘れない。
遠心力に掴まり、ぶんと振り回され、その場で地べたへ取り押さえられた青年へ。
そちらは余裕で歩み寄る太宰がすぐ傍らに屈み込み、
手を伸べて開いた手のひらで頭をがっつり掴んでやり、

「これでもう、時間を止めることは出来ないよ。」
「く…っ。」

そんな馬鹿なと口許を食いしばったものの、
どうあがいても相手の二人が固まって止まらない状況に事実だと悟ったか、
金塊の入ったバッグを足音へ落とすと、がくりと肩を降ろし、愕然と項垂れてしまう。
異能力封じという異能があること、知ってはいても捕まるのは初めてなのだろう。
そんな様子の青年に、両手を背後へ回させて手錠をかけ、お縄にしたけれど。
それで終われないのは、実は太宰らの方で。
中也ともども厳しい表情を緩めもせず、彼へと問うたのが

「慰霊祭の会場の方へは もう一人が向かっているのか?」

彼の、いやさ、彼らの目当ては、こんな金塊ではないことも実はとうにお見通し。

「本当の狙いはこんな大きく重いもんじゃあない。
 だからこそ、キミがあっちへ行くと踏んでたんだがね。」

昔と言っても何百年も前じゃあない、レアメタルの鉱脈反応があったとかで、
ちょっと前に当たろう数十年前、再開発され、数年ほど稼働していた廃坑で催される慰霊祭。
実はそこにある岩盤製の大棺の中にはとあるフラッシュメモリが格納されていて。

「其処が再び封鎖された落盤事故が事故ではない証拠、
 坑道の設計に不備があったの明らかにする設計図が
 消す行為で疚しいことを証明するのはまずかろと、
 抹消するわけにもいかずで格納されてあるのだろう?」

「…っ。」

無いはずがない書類が、
でも不手際で無くなったという間抜けな政府高官からの発表は結構聴くが、
そうされると責任を取らされる人物が、冗談じゃないとそう運ばせたらしく。
重くて大きな岩戸が開かれ、犠牲者の名簿が取り出され、
明日の午前に始まる慰霊祭を前に、
今しかない隙をつき、秘されたそれを持ち出すのが彼らの本当の目的。
短期間でそんな真相を暴き出した異能特務課も粘り強かったが、
ということは、

「居なかったことにされるわけにはいかない。
 無かったことになんかされてたまるかっ。」

そんな事故なぞなかったと封をされ、
父は兄はいつ戻るのかと問う家族へは、
将来のエネルギー開発のため、
今しばし我慢をしてほしいなどというおためごかしを抱えさせ。
救助活動もしてはなかった事実ごと、悲劇が崩れ落ちた岩の陰へ埋められて。

「そんな薄汚い奴らの肩を持つのか?」

吠える彼へ、太宰が淡々とした表情と声で返す。

「人を振り回しの、迷惑を掛けのしているのは悪いことじゃあないのかな?」
「貴様もまた、そんなおためごかしを言うのか?」

まあそうなるかな。
私もそういう生真面目一本気な言いようは柄じゃあない。
どんなに叫んでも
権力者の目配せ一つで握りつぶされる声は後を絶たないのも知っている。
ただ、

「一泡吹かせてやろうと思ったにしては、
 結局やってることは相手の薄汚さといい勝負の、
 殺人予告に異能を使った力づくなんてのだったのが、気になっただけだよ。」

「……っ。」

自分は勿論 裁定者なんてものではではないが、

「泥の沼へ自ら飛び込むよに落ちたのならば、
 そのような正義はもはや語るな。」

冷たく冴えた双眸が見据えた青年が、
返す言葉に窮して低く嗚咽を洩らすと、身を屈して慟哭する。
古びて死に絶えた廃工場の空洞に、
その遠吠えがおうおうといつまでも鳴り響いていた。


  to be continued.(17.06.02.〜)





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 *やっとの活劇が書けました、ああスッキリ。
  彼らほどややこしい立場の人たちを共闘させるとなると、
  お膳立てがとにかく大変で、
  もしも次があったなら、
  こういう複雑で面倒なのじゃあない、
  巻き込まれ型のとかにしようっと。(おいおい)

   背景素材をお借りしました ギリオ様へ